アーカイブするということ
■風邪ひきました
こんにちは。身体の変化は体調を崩すと実感できると痛感していた かも です。
わざわざブログにすることもなかったんじゃ?とか思ったり。
■SNSと自分
mixiは知り合い向けな分いわゆる日記、今日誰ちゃんとなにして誰センセーの授業は面白かったよ的なのが多かった、ような。
Twitterはまさに今何してる?から仕事の愚痴、アニメの感想とかおみ足ペロペロ系の発言が多いですね。
でも考え方とか、書いたことないです。あってもmixi時代かな。身内向け。
でも書いてみたい、でも、やったことない。それはなぜか?
それは今までSNS文化に触れさせてる自分の側面をアーカイブ化するのに抵抗があったからだと思っています。
■アーカイブするということ
自分の中の、「自分が」何か書いた時のイメージはこんな感じ。
#キレイに区分けしてませんが

Twitterがいかに垂れ流しとはいえネット上に残存し続けることは当然認識しているので、揮発的といっているのは自分の中の情報の粒度のお話し。発言の低俗/高尚度合いは別に意識高い低いではなく、テーマ性があるかないかの世界。
#なぜそう書かなかったかというと、単にそんなイメージというだけ
で、この右下。これが自分の中でアーカイブすることに俗していて、それは避けてきた気がする。
なぜかというと、「テーマ性を有した発言が明確に保存されているとき、自分がそれに反するタイミングを持ちたくない」ってのが大きい気がするから。
要は「あんなこと言ったのに遵守できてないじゃん」感を強く感じるのが苦手ってことですね。
カタチに残らない形式ならベラベラ語ることも多いのですが、今回ブログを始めてみたテーマとして、あえてカタチにしてみようというのがあります。ので、この辺をアーカイブ化してみて、後日ぼく自身がそれを見てどう思うのか、ってのを体感してみたいと思います。
「あんなこと言ったのにほげほげ」、みたいな発言の潔癖性みたいな点にも思うことがあって、それはまた今度かけたらいいなっと。
では。
今度はアニメ感想系を書こう。